開高健「生物としての静物」
- 2018/06/18
- 08:28
前橋文学館で寺山修司のラブレターが公開されている。私の世代よりもちょっと上、団塊の世代あたりに絶大な人気を誇った人で、いわゆる文化人みたいな人はみな寺山に夢中になった。その人気は我々の世代からはちょっと想像できない。
劇作家らしく、恋文は原稿用紙につづられていた。
誇りや自尊心よりも大事なものがたった一つだけあるのです。それが二人の「愛情」であるということを忘れないで下さい。
寒くなったけど体に気をつけること。紙上でキスを送ります。
あさってまた会える。一日ゆっくり二人きりですごせたらどんなにいいだろう。
相手は女優の九條映子。出会いから2年後に結婚。8年後に別れた。だが、離婚後も寺山の劇団運営を支え続け、寺山の死後、養子となって、寺山姓を継いだ。
人のラブレターをのぞき見するのは気が引けるが、すねたり、嫉妬したり。恋する若者の素直な気持ちがあふれていている。
現代のラブレターは、切手を貼って郵送したり、学校でこっそり渡すものではなく、LINEだったり、電子メールだったりするのだろうか。往々にして深夜に書かれたラブレターは情熱的すぎて、とても投函できないシロモノ。後悔に身悶える若者は多いだろう。
恥ずかしながら、私がかつて書いたラブレターはどうなっているだろう。文章は上手でも、風貌がさえないため、いかんせん叶わぬ恋ばかり。相手にとって迷惑このうえなく、きっとごみをともに灰燼に帰していることだろう。
それでは本題。今回紹介するのは開高健の「生物としての静物」(集英社、1984年)。創作と旅を支えてきたパイプやライター、ナイフ、釣り具への思いを語ったもので、冒頭の「長い旅を続けてきた。時間と空間と、生と死の諸相の中を。そしてそこにはいつも、物言わぬ小さな同行者があった」という書き出しからグッとくる。何度も読み返したお気に入りの一冊である。

久しぶりに読み返したら、1年ほど前に紹介した小話の原型を見つけた。
一人の金持ちのアメリカ人が休暇をとってアマゾン川へやってきて、インディオの老人と並んで釣りを始める。アメリカ人はブルックス・ブラザーズで特注で作らせた防暑服を着込んでいるが、老人は全裸にフンドシ一本きりである。二人は雑談をはじめ、アメリカ人は問われるままにニューヨークやジャンボ・ジェット機の話などをしてやる。
そして話が身の上話になると、八歳からブルックリンの街角に立って新聞売りを始めたが、一生シコシコセカセカと働いた結果、今ではアメリカ実業界の大立者になったいきさつを語る。ニューヨークにペントハウスを一つ、パリ郊外にシャトォを一つ、自家用ジェットを2台、マイアミに豪華なオーシャン・クルーザーを1隻、自動車は5台、金はトン単位で数えたいくらい-などと語る。
「しかしだね、セニョール」
金持ちは深い吐息をつき、
「そうやって何もかも手に入れたけど、今のおれにとって何が幸福かというと、こうやってたまに一人でフラリと旅に出て秘書もオンナも電話もぬきでノンビリ魚釣りをすること。これ以上の幸福はないね」
それまでだまって話を聞いていたインディオの老人、怪訝そうに顔をあげ、
「何だ、金持ちになるってそんなことですかい。それならおれは八歳のときからこうして毎日ここでやってますぜ、セニョール」といった。とか。
ちなみにこの小話の現代版バージョンは昨年6月、大崎紀夫さんの「麦わら帽子の釣り人」の冒頭で紹介した。現代版の方が面白く脚色されているが、骨格は一緒。幸せはお金ではない。

にほんブログ村
劇作家らしく、恋文は原稿用紙につづられていた。
誇りや自尊心よりも大事なものがたった一つだけあるのです。それが二人の「愛情」であるということを忘れないで下さい。
寒くなったけど体に気をつけること。紙上でキスを送ります。
あさってまた会える。一日ゆっくり二人きりですごせたらどんなにいいだろう。
相手は女優の九條映子。出会いから2年後に結婚。8年後に別れた。だが、離婚後も寺山の劇団運営を支え続け、寺山の死後、養子となって、寺山姓を継いだ。
人のラブレターをのぞき見するのは気が引けるが、すねたり、嫉妬したり。恋する若者の素直な気持ちがあふれていている。
現代のラブレターは、切手を貼って郵送したり、学校でこっそり渡すものではなく、LINEだったり、電子メールだったりするのだろうか。往々にして深夜に書かれたラブレターは情熱的すぎて、とても投函できないシロモノ。後悔に身悶える若者は多いだろう。
恥ずかしながら、私がかつて書いたラブレターはどうなっているだろう。文章は上手でも、風貌がさえないため、いかんせん叶わぬ恋ばかり。相手にとって迷惑このうえなく、きっとごみをともに灰燼に帰していることだろう。
それでは本題。今回紹介するのは開高健の「生物としての静物」(集英社、1984年)。創作と旅を支えてきたパイプやライター、ナイフ、釣り具への思いを語ったもので、冒頭の「長い旅を続けてきた。時間と空間と、生と死の諸相の中を。そしてそこにはいつも、物言わぬ小さな同行者があった」という書き出しからグッとくる。何度も読み返したお気に入りの一冊である。

久しぶりに読み返したら、1年ほど前に紹介した小話の原型を見つけた。
一人の金持ちのアメリカ人が休暇をとってアマゾン川へやってきて、インディオの老人と並んで釣りを始める。アメリカ人はブルックス・ブラザーズで特注で作らせた防暑服を着込んでいるが、老人は全裸にフンドシ一本きりである。二人は雑談をはじめ、アメリカ人は問われるままにニューヨークやジャンボ・ジェット機の話などをしてやる。
そして話が身の上話になると、八歳からブルックリンの街角に立って新聞売りを始めたが、一生シコシコセカセカと働いた結果、今ではアメリカ実業界の大立者になったいきさつを語る。ニューヨークにペントハウスを一つ、パリ郊外にシャトォを一つ、自家用ジェットを2台、マイアミに豪華なオーシャン・クルーザーを1隻、自動車は5台、金はトン単位で数えたいくらい-などと語る。
「しかしだね、セニョール」
金持ちは深い吐息をつき、
「そうやって何もかも手に入れたけど、今のおれにとって何が幸福かというと、こうやってたまに一人でフラリと旅に出て秘書もオンナも電話もぬきでノンビリ魚釣りをすること。これ以上の幸福はないね」
それまでだまって話を聞いていたインディオの老人、怪訝そうに顔をあげ、
「何だ、金持ちになるってそんなことですかい。それならおれは八歳のときからこうして毎日ここでやってますぜ、セニョール」といった。とか。
ちなみにこの小話の現代版バージョンは昨年6月、大崎紀夫さんの「麦わら帽子の釣り人」の冒頭で紹介した。現代版の方が面白く脚色されているが、骨格は一緒。幸せはお金ではない。
にほんブログ村
スポンサーサイト